2024.09.26
「一眼カメラでショートムービーを撮る・レンズのボケを活かしたフォーカスワークでシネマチックな表現」をしよう!
後編:「フォーカスワーク」について
「一眼カメラで動画を撮ろう!動画撮影の基礎知識やコツを徹底解説」、「ワンランク上の動画を撮るなら一眼カメラ!メリット・おすすめ撮影シーン・交換レンズなどを紹介!」で、動画を始める際に気を付けるべきポイントを解説しました。そして、撮影を始める前に考える構成や演出について、前編 では実例を踏まえてご紹介をしました。
今回の後編では、フォーカスワークとそのテクニックについての深堀りに加え、記事コンテンツ内で何度も話題に上がった独自開発のソフトウェア、TAMRON Lens Utility MobileTM Ver.4.0の使い方にも触れて行きます。
栁下:はい。普段は撮影に単焦点レンズを使うことが多く、ズームレンズが主力のタムロンレンズを使って動画を撮影するということは近年ではほとんどありませんでした。そのようなこともあって、レンズの色やボケ味などを事前にテストしてから撮影に臨みました。
併せて、今回初めて使用したTAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0の機能についても、操作感や、実際に使用するレンズとの組み合わせで事前に動画撮影での具合をテストしました。私が神経質なだけなのかもしれませんが、初見のレンズだと寄り引きどちらに強いか(近接側と無限遠側の性能差)や、ズームレンズの場合はブリージングの癖など、撮影前に把握しておけばショットデザインしやすいですし、現場で慌てなくてすみます。
栁下:あれは結構苦労しました(笑)。ただ、フォーカスワークがどうこうではなく、アクリル板に文字が書いてあるので、どちらかといえばその写り込み対策やライティングに苦労しました。アクリル板に光を当てないと、書いてある文字が綺麗に映らないけれど、反射が映り込んでしまうという難しい条件でしたが、結果的に反射部分に黒い布を映り込ませることで回避しています。
カメラ周りのオペレーションはとてもスムーズだったと思います。アクリル板との距離もあり、タムロン90mm F/2.8 Di III MACRO VXD (Model F072)(以下90mm F2.8 MACRO)で撮影し、フォーカス操作はTAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0でおこなっています。フォーカスリングを手で操作した場合は慎重に操作してもブレることもあり、今回の作例動画のような精密かつ正確なフォーカスワークは無理だったと思います。
編集部:近接撮影の際は、剛性のある丈夫な三脚や機材にレンズやカメラをしっかりと固定しないと、フォーカスリングを回した微細な揺れだけでも、画面が動いてしまいます。これでは動画を視聴する側は、その画面の動きが気になってしまいます。
栁下:特に、演出面で「もう少し早く」や「りんごの動きにタイミングを合わせて」という要望がありましたから、スマホの画面をタップするだけで「スッ」と操作できてしまう。これは、画期的でしたね。オートフォーカスを試してみる方法もあったかと思いますが、手前から奥に合わせる場合と、奥から手前の場合では、挙動が違うということも多く、今回の演出では不自然になってしまっていたと思います。
栁下:そうです。リンゴをそのまま写すとのっぺりしていたので、霧吹きをかけてシズル感を足しています。照明は半逆光にしているので、その辺りでもシズル感と立体感が出せていると思います。
そして、ここでもTAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0で操作をしています。カット前の表面と、カットして見せる断面にフォーカスポイントを置いておきます。カット面は切るまで分かりませんが、包丁を当ててその面をフォーカスポイントにすれば大丈夫です。リンゴをカット→包丁をずらす→カット面にフォーカスを移動する、といった具合です。
マクロレンズとはいえ、レンズのフォーカスリングを人の手でピント送りする場合、とても浅い操作角度で回すことになります。そのため、その浅い角度の間を一定のスピードでフォーカスリングを回すとなると、どうしても画面が揺れてしまう確率が高くなります。その点、TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0のDigital Follow Focus(以下DFF)*を使うことで、正確・精密なフォーカスワークをすることができました。
画面も揺れていないでしょう(笑)?マクロレンズでのフォーカスワークはとても繊細なので、毎度頭を悩まされますが、今回はTAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0のお陰で楽をすることができました。
* TAMRON Lens Utility Mobile専用機能で、フォーカス範囲指定や、フォーカス操作などをスマートフォン画面上で行える。
編集部:TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0の機能を使いこなしていますね。納得のフォーカスワークでした。
続いてはお鍋のカットに繋がります。ここでも松本監督こだわりの演出があったようですが、どのように撮影を進めたのですか?
栁下:ここは全体を通して難しいカメラワークはなかったと思います。TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0のA-Bフォーカスで表現をしました。手前のお鍋(A)と奥のボール(B)に設定をしました。この間を監督の指示出しのタイミングを受けて行ったり来たりしています。A-Bの設定さえしてしまえば、後はその間の移動時間とイーズ*1を決めるだけなので、お芝居に合わせて何度か設定を変えて撮影しました。マニュアルフォーカスの場合は、冒頭でお話ししたとおり、ブレや精度の面で失敗することがありますが、TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0の確実性のお陰で無駄なテイクなしで撮り切ることができました。確か3テイクしていますが、どれもタイミング違いで撮影したくらいで、撮影ミスというのはありませんでした。
*1 フォーカスの動き出しと動き終わりに緩急をつけることで、自然な動きを表現する表現方法。
編集部:TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0を絶賛いただきありがとうございます。逆にこういう撮影には向いてない、ということはないでしょうか?
栁下:それはあると思いますね。とはいえ、TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0の一部の機能と撮影する内容との相性が悪いといった程度です。例えばアドリブが伴う人物同士のお芝居だったりすると、立ち位置が微妙に変わります。そうすると、A-Bフォーカスやフォーカスストッパーは、事前にピント面を決めてしまうので使えないと思います。この場合はDFFが活かせると思います。お芝居だとしても、椅子に座ったまま進むような会話やピント面が決まっているシチュエーションならA-Bフォーカスやフォーカスストッパーは有効だと思います。TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0が使えることで、レンズギアとフォローフォーカスなどの物理的な補助が必要ないので、手間もコストも削減できるという点は、撮影状況にかかわらず大きなメリットになると思います。
編集部:さて、ここからは後半のシーンについて伺いたいと思います。松本監督から前半と後半ではテンポ感を変えたとお伺いしましたが、どのように撮影されたのでしょうか?
栁下:シーンとしては、お鍋の中のリンゴや、パイ生地とハケの部分ですね。これは両方ともフォーカスストッパーとDFFを使っています。というのも、一番懸念したのはヘラやハケが画面からフォーカスアウトしないと、次のカットへの繋がりが悪くなるだろうということでした。
より具体的にいうと、ピントを追いかけ過ぎて背景にピントが合ってしまうということですね。それを避けるために、TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0でヘラやハケの入る位置と外れる位置でマーカーを打っておきました。
そうすることで、フォーカスが背景方向に抜けてしまうことを防ぐことができます。そして、後は手動での操作ということになります。お鍋のカットではヘラの動きを追うようにカメラワークしている間は、アシスタントさんにDFFを使ってフォーカスを追ってもらいました。
パイ生地の方は単純にフォーカスワークだけですが、これもTAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0のフォーカスバーをピンチアウト(拡大)して操作することで、精密な動きができるようになりました。ワイヤレスのフォローフォーカスでも似たような機能があるのですが、直感的に操作できるという点ではこの機能が便利すぎて、唯一無二だと感じました。
栁下:実はこのキッチンはハウススタジオではなく、実際に使われているアメリカンハウスのキッチンをお借りしています。オーブンの中には照明がないので、演出としてチューブ型のLEDライトを仕込み、雰囲気を出しました。実際にオーブンに火が入っていても、ああいう感じにはなりませんからね(笑)。
編集部:ごく自然に照明が見えていたので、てっきり備え付けの照明がついていると思っていました。
栁下:それと、一つ前のカットでモデルさんの位置を見てもらうと分かりますが、カメラの三脚を立てられるスペースが無いので、オーブンの蓋の上に撮影用のビーズバックを使ってカメラを据えつけて撮影しています。固定が不十分なのと、庫内への写り込みもあるので、ここでもDFFを使ってフォーカスワークをしています。
パイを庫内に入れ終わるタイミングにシンクロするようにフォーカスを手前にアウトしていますが、お芝居のタイミング次第ということもあり、DFFを使うことでカメラから離れてフォーカスワークをしつつ、タイミングは手動でということにしてみました。
アシスタントさんに何回かトライしてもらったのですが、タイミングが上手く合わず、松本監督自身でも操作をしています。最終的にフォーカスを送るタイミングと速度を変えて何テイクか撮影しました。
編集部:この後、ロングディゾルブ*3で屋外のシーンに繋がりますね。
*3 トランジションの一つ。前のカットを徐々にフェードアウトさせ、次のカットをフェードインさせる表現方法。溶けあうように二つのカットが変わるため、回想シーンや時間の経過を表す場面転換に使われる。
栁下:はい、実は撮影としては日中に屋外のこのシーンを撮影し、キッチンは日没後、たしか夜の8時ぐらいに撮影しています(笑)。香盤(撮影スケジュール)的には余裕がありませんでしたので、短時間で撮ろうということでアングルはランチ休憩の合間に決めておき、陽のまわりの良いタイミングに2テイクで終わらせました。ここはTAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0のA-Bフォーカスを使っているので、ピントを外すことはありませんでした。単純にA-B間のフォーカスを送る時間を変えて2カットという感じですね。
編集部:ここでもTAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0が活躍していますね。そして、最後のカットもTAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0を使って撮影したと松本監督からは伺っていますが、どのように撮影されたのですか?
栁下:はい、これこそ真骨頂といいますか、スライダーでカメラを横移動しながらフォーカスワークするという、凝った撮影をしました。従来のレンズでは、フォーカス操作をしながらスライダーまで動かしていたら、ここまで綺麗にまとまらなかったと思います。TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0ならスライダーとフォーカスの2名で操作も可能なのですが、ここでは実験的な意味も踏まえて一人で撮影する、ワンマンオペレーションでおこないました。スライダー操作を片手で、もう一方の手でTAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.の画面を操作しました。
編集部:二人で撮影するところを、敢えて一人で撮影したということですか?
栁下:そうです。TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0の操作自体は、スマートフォンのアプリ画面のボタンをタップするだけなので、それ程難しいという訳ではありません。フォーカスリングを手動で回しながら操作することに比べれば遥かに楽でした。今回は3つのフォーカスポイントをそれぞれA・B・Cと設定して、Aから始まりB・Cとタップをしました。単純にA-B-C間のピント送りができるだけではなく、ピントが合う直前にブレーキをかける、みたいな「イーズカーブ」の設定ができます。これでジワッとピントが合う、という表現が可能です。これも自然なフォーカスワークの一つになっていると思います。
編集部:確かに、オートフォーカスのように「ピッ」と合う感じではなく、人が操作したように見えました。ちょっとしたことですが、そういう工夫が隠されていたのですね。
栁下:このレンズ、個人的にも大変気に入りました(笑)。マクロレンズというと、解像感重視で描写が固いレンズが多く、シャープすぎるというイメージが強いです。
今回のレンズ、タムロン90mm F2.8 MACROは「繊細で柔らかな描写」で、際立った特徴が無いのが「特徴」なんだと感じました。他のレンズとカットを混ぜても馴染みが良いですし、接写だけではなく、ポートレート用として使ってもいい画を出してくれそうな感じはしますね。開放でも、絞っても良さそうな描写でしたので、中望遠の単焦点レンズとしても使える印象です。
TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0と組み合わせたことで、接写側での性能も出し切れた印象があります。このアプリケーションソフトウェアについて開発の方からお聞きしたところによると、TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0のモバイル画面上でのフォーカスリングをピンチアウトして操作した方が、レンズのフォーカスリングを回転させるよりも、更に細かくピント合わせができるようです。
今回も、パイの近接撮影をした時には、リング操作でピントの山を掴むより、先ほど申した方法で操作した方が楽に山を掴めました。精密なフォーカスが求められる「コマ撮りアニメーション」などで効果を発揮してくれる気がしますね。
編集部:TAMRON Lens Utility Mobile Ver.4.0の話題に終始しましたが、使い込んでいただき光栄です。今回はありがとうございました。
記事で紹介された製品
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90mm F/2.8 Di III MACRO VXD f072(Model )
90mm F/2.8 Di III MACRO VXD (Model F072)は、長年「タムキュー」の愛称で親しまれてきたタムロン90mmマクロレンズのミラーレス版です。高い解像力と光学性能を誇り、タムロン初の12枚羽根の円形絞りが、美しい玉ボケと光芒表現を実現します。軽量・コンパクトなデザインで気軽に持ち運べ、新型の窓付きフードでフィルター操作も容易です。さらに、TAMRON Lens Utility™に対応し、高速・高精度AFを搭載したこのレンズは、写真と動画撮影の可能性をさらに広げます。伝統の描写力と最新技術を融合させた、新たな「タムキュー」の歴史を切り拓く一本です。